第二次世界大戦から10年後、アルマンドはインフォーマルなスタイルで最初の作品を制作した。Peintures criminellesとPaysages criminelsである:深い俗世的な色調の絵の具を何層にも重ねた作品。題名とその絵の試みからは、暴力的な感覚を呼び起こす。また、50年代の彼の詩集からも無慈悲や野蛮さへの魅了がはっきりとわかる。
1960年代からはゼロ・グループに参加している。作家の性格というよりは、冷淡で事務的で事実を記録しているといえる。彼の作品は産業の産物による:薄鋼板、ボルト、有刺鉄線、タイヤ、油樽といった具合だ。ここにアルマンドは日常の美というものを取り込んでいるのである。有刺鉄線を利用した作品には、戦争の影響力を忘れてはいけないという思いが込められている。
ゼロ・グループ以後、アルマンドは必然的に自分の戦争体験を芸術という形に翻訳するようになった。1972年彼は自伝的詩集 Het Gevecht を出版し、その中で彼のテーマである「Het Schuldige Landschap]について語っている。風景は罪深い、なぜなら残忍な過去の足跡を拭い去ってしまうから、と。この文学的な考え方によってアルマンドの造形業には新しい表現が加わったといえるだろう。
70年代、アルマンドはこのテーマ「Het Schuldige Landschap]でランダムに絵を描いている。それ以外の作品でもしばしば、敵の絵が主題として描かれている。
1979年、アルマンドはベルリンに移った。ここでもシリーズで描かれた「schuldig landschap]が数多く知られている。アルマンドの仕事は、深遠な過去の記憶と足跡に基づいている。1993年に作成した映画「Der Feldzug」もその代表であるという。この中でアルマンドは怒りの中の逆説的な美について語っている。